潮騒
2022年7月12日
「潮が騒ぐ」と書いて「しおさい」。海水が満ちるときの、波立つ音をこういいます。英語では「the sound of the waves (sea)」。波や海の音をそのまま表現します。
日本語は「雨脚」や「火の手」「波頭」など、自然やモノを擬人化することがよくあります。
海の音は母親の体内で聞く音と似ているといいますから、潮騒の響きが心身に共鳴するのも当然でしょう。三島由紀夫の小説『潮騒』にも、こんなくだりがあります。
―― 若者は彼をとりまくこの豊饒な自然と、彼自身との無上の調和を感じた。彼の深く吸ふ息は、自然をつくりなす目に見えぬものの一部が、若者の体の深みにまで滲み入るやうに思はれ、彼の聴く潮騒は、海の巨きな潮の流れが、彼の体内の若々しい血潮の流れと調べを合はせてゐるやうに思はれた。
三島が古代ギリシャ文学の『ダフロスとクロエ』に着想を得て書いたという、若い漁夫と海女の純愛を描いた物語。伊勢湾に浮かぶ歌島(現:神島)が舞台ですが、主人公の若者と同じように、海の向こうにも潮騒に血潮の流れを聴く人たちはいます。ボードーレールもその一人。
―― こころ自由(まま)なる人間は、とはに賞(め)づらむ大海を。
海こそ人の鏡なれ。……心もともに、はためきて、潮騒高く湧くならむ……
(『海潮音』上野敏訳詩集・ボードレール「人と海」より)
耳をすませば、鼓動にのって波の音が聞こえてきそう。母なる海に抱かれているような安らぎさえも感じます。
(220712 第114回)