手向草
2022年3月28日
「手向草(たむけぐさ)」とは、桜、松、すみれの異称です。花を手向ける、供物を手向ける、神仏や死者の魂へささげものを差し出す仕草を「手向ける」と言いますが、手向草はその品々のこと。古くは布や麻、紙などが一般的でした。旅人が行路の安全を祈願して、導祖神にお供えしたり木の枝に結びつけたようです。
桜や松、すみれの花の異称が「手向草」となったのも、おそらく古人たちが旅の途中で祈願したり亡き人を偲んで歌に詠んだからでしょう。『万葉集』にも、浜辺の松の枝に結ばれた古い布に魅せられ、見知らぬ旅人を偲んだ歌があります。
―― 白波の浜松が枝の手向草 幾代までにか年の経ぬらむ(川島皇子)
自分の死後に弔ってくれる人があるならば、もっとも愛する桜の花を供華にしてほしいと歌に詠んだのは、「桜の歌人」こと西行です。
―― 仏には桜の花をたてまつれ わが後の世を人とぶらはば
松も桜も、そしてすみれの花も、いくつもの季節をくりかえしながら生命をつなぎ、今も花を開きます。目の前にある花木の景色は、かつてだれかが旅の途中で手向けた草の跡かもしれませんね。
満開の春は見上げるもよし、見下ろすもよし。連綿とつづく生命の息吹を感じてください。
(220328 第107回)