ゆかしい
2021年9月20日
―― とくゆかしきもの 巻染、むら濃、くくり物など染めたる。人の子生みたるに、男女と聞かまほし。よき人さらなり。
清少納言は『枕草子』の中で「ゆかしきもの」として、染物の仕上がり、子供の性別、身分の高い人のことなど、知りたくて仕方がないものを並べています。
つまり、「ゆかしい 」は心ひかれるもの。見たい、聞きたい、知りたい、「そこに行きたい」という思いのあらわれです。
さらに「奥」をつけて「奥ゆかしい 」とすれば、奥ゆかしい女性という表現もあるように、上品で控えめな、奥深いものが浮かびます。
川端康成のように、かつての日本の文豪たちはこぞって奥ゆかしい女性を描いてきましたが、ゆかしさや奥ゆかしさの原点は、日本人の「隠れたものへの憧れ」だったのではないかと、日本的美を記した谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』で感じました。
――日本の漆器の美しさは、ぼんやりした薄明かりの中に置いてこそ、始めてほんとうに発揮される……。「闇」を条件に入れなければ漆器の美しさは考えられないと言っていい。
金蒔絵は明るい所で一度にぱっとその全体を見るものではなく、暗い所でいろいろの部分がときどき少しずつ底光りするのを見るように出来ているのであって、豪華絢爛な模様の大半を闇に隠してしまっているのが、云い知れぬ叙情を催すのである。
知らぬが花という言葉もあるように、知らなくていいことも世の中にはたくさんあります。すべてがオープンにされる今だからこそ、ひそやかに光るゆかしいものが美しく思えます。
(210920 第99回)