いろは
2020年2月6日
「いろは」と言えば、いろはにほへと。手習いの歌として知られる「いろは歌」は有名です。仮名47字、すべての文字を重複することなく網羅させた七五調のこの歌は、平安時代に生まれました。何かを覚えたり、習ったりと、ものごとの初歩の段階を「いろは」とあらわすのは、手習いで最初に書くのがこの三文字だから。基本の基、というわけです。
さらに時代を遡ると、『日本書紀』に実母を「いろは」と記しています。母の古語は「愛(は)し」。産み育ててくれた特別な人を「美しく愛しい人」」として「色愛(いろは)」。これが母の読みになったようです。
―― いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ
つねならむ うゐのおくやま けふこえて あさきゆめみし ゑひもせず
(色は匂へど 散りぬるを 我が世誰ぞ 常ならむ 有為の奥山 今日越えて 浅き夢見じ 酔ひもせず)
人はみな「母(いろは)」から生まれ、「いろは」の時期を経へて今があります。
いろは歌には諸行無常が歌われているそうですが、それよもむしろ、ものごとのはじめ、〝一より習い十を知り十よりかえるもとのその一〟の稽古の基本、「一円相」など、「いまここ」にあることの歓び、生命の循環を歌っているような気がします。
いろはがなければ、今の自分はない。一瞬、一瞬が新しい。「いろは」という音の響き、やわらかい文字のかたちは、いつでも初心に返れることを思い出させてくれます。
(200206 第66回 画:白隠『一円相』)