令和の花鳥画は豊穣でシンプル、クールであったかい
日本画のど真ん中で勝負する、現代の絵師
日本画家
中野大輔
NAKANO Daisuke
抑制の効いた豊穣さと奥行きのあるぬけ感
絵を描き始めて28年。現在に至るまでの変遷は後述するとして、ここでは現在の中野大輔の創作スタイルについて述べたい。
上の作品は『ひかりあまねく』と題された二曲一双の屏風図である。
ほぼ真横のアングルから植物と鳥を描くという、日本画の伝統的な形式を踏襲しているものの、そこかしこに現代の空気を醸している。
主役は白藤と孔雀だが、ほかにも多くの植物や鳥が画面の隅々に描かれている。銀箔の余白は、全体の1割ていど。しかし、窮屈な印象はない。豊穣なのに淡麗だ。
これはいったい、どうしたことか。なにがこの作品をそうさせているのか。
着目すべきは、緻密に描かれた絢爛たる孔雀に比べ、その周囲に垂れる白藤の描き方だろう。白藤は、輪郭を与えられていない。そのため、背景の銀箔との境界線が曖昧で、空間のようでもある。大和絵にしばしば登場する雲のような効果を生んでいる。それでいて、のどかな印象はない。白藤はエッジの効いたリズム感を醸し、ほどよい緊張感を湛えている。
また画面左上に密集するマロニエの葉は大胆にトリミングされているが、中央右で見つめ合う孔雀のつがいは、ほのぼのとした親愛の情を感じさせる。
画面全体に、さまざまなものが描かれているのに、息苦しさを感じない。それこそが中野大輔の真骨頂なのではないか。
彼は構図と奥行きについて、こう語る。
「銀箔を貼るときは、目の前に薄い壁があるような感じがします。しかし構図がうまいこといったら、そこがずっと向こうまで抜けているように感じられます。そう感じられる構図を下図の段階で入念に練ります。僕は画面にみっちり描きたい方だから、どこかに〝ぬけ感〟がないと息苦しくなります。そのためには、誇張もします。白藤の房はもっと細いのですが、これくらいボリューム感があったほうがぬけ感がほどよくなります。ひとつひとつの房の配置やリズム感も重要です。バランスよくいけてたら、奥行きはずっと深くなっていきます」
中野は俳句も嗜んでいるが、〝俳聖〟松尾芭蕉は、誇張と省略の天才だった。
話を聞きながら、バルザックが『知られざる傑作』で開陳した芸術論が呼び起こされた。
「芸術家の使命は自然を模写することではない。自然を表現することなんだ。きみは卑しい模倣者ではない、詩人なんだよ!」
セザンヌは終生、その言葉を肝に銘じていたと言われるが、洋の東西を問わず、自然を写し、絵画にするということの本質がこの言葉に集約されているのではないか。つまり、実物にとらわれすぎてはものの本質を表現できないということ。画家も詩人(絵筆を握る)にならなければいけないのである。(上作品『ひかりあまねく』)
いま、もっとも注目される日本画家のひとり、中野大輔さん。伝統的な花鳥画を題材にしながら、現代の息吹を感じさせる本格派です。
中野さん独自の技法や独自の創作観など、〝令和の絵師〟の本質に迫ります。