花くらべ
2023年3月14日
平安時代の宮廷で盛んだった和歌の歌合(うたあわせ)。その中の遊びのひとつに「花くらべ」がありました。「花合わせ」とも言い、居合わせた人たちが左右に分かれ、それぞれ持ち寄った桜の花を歌に詠んで競い合うのです。
―― いま桜 咲きぬとみえて うす曇り 春にかすめる 世のけしきかな(『親古今和歌集』式子内親王)
鎌倉時代初期に編まれた『新古今和歌集』の春の歌にも、その名残の景色が眺められます。桜の花弁がほころびはじめた様子を歌った式子内親王。その春霞の景色から、つぎつぎに花開く景色が歌われます。
春雨に急かされるように紐解いてゆく花びら、まだ見ぬ花をたづねゆく人、むかしの人が手折った花との邂逅、白雲のたつ山の峰に匂う花、月が出るまで花に見惚てしまう人、花を愛するがゆえに巡る春が心苦しいと花に嘆く人。
「花くらべ」といっても、それは桜そのものの美しさを比べるのではなかったようです。
―― 花の色に あまぎる霞 立ちまよい 空さへにほふ やまざくらかな(『親古今和歌集』藤原長家)
当時の桜はほとんどが山桜。その山桜が天をも匂わせ色づかせるというのですから、今とは比べものにならないほど風雅な景色だったことでしょう。
有明、後座の間香(ござのまにおい)、玉垣、手弱女(たおやめ)、御衣黄(ぎょいこう)、糸括(いとくくり)、花染衣(はなぞめい)、普賢象(ふげんぞう)、雨宿、紅時雨……と、名前も豊富な種々多様な現代の桜。花くらべの風雅な景色は、ちゃんと残されているようです。
(230314 第123回)