美しい日本のことば

秋津

2022年8月16日

―― 夕やけ小やけの あかとんぼ おわれて見たのは いつの日か……

 

 童謡『赤とんぼ』の歌は、日本人であれば一度は口づさんだことがあるのではないでしょうか。作者の三木露風の故郷、兵庫県たつの市は赤とんぼのふるさと。絶滅の危機に瀕している日本固有種のアキアカネを守り、増やす活動に力を入れているそうです。

 

 山の裾野にひろがる田園に、トンボが群れをなして飛んでいる。なつかしい日本の原風景。都会で暮らす人にとっても、なぜか「田園とトンボ」はむかしなつかしい郷愁を感じさせるようです。

 それもそのはず。トンボの古名は「秋津(あきつ)」。古代日本は「秋津洲(あきつしま)」と呼ばれていました。『古事記』のなかでは、雄略天皇が腕にとまったアブをトンボがさらって行ったのを見て感激し、「倭の国を蜻蛉洲(あきつしま)とする」と命名。『日本書紀』では、神武天皇が山頂から本土を眺めて「あきつの臀呫(となめ)の如し」と、トンボが連なった姿に似ている言ったと記されています。

 
―― 秋津羽の姿の国に跡垂るる 神の守りや我が君のため (『続後撰和歌集』)

(あなたをお守りするために、神がトンボの羽のように美しいわが国に降り立ってくださるのです)

 

 アキアカネは夏は標高の高い山ですごし、秋になると平地に降りてくるといいます。秋の田に、キラリとひかるトンボの羽は、まるで天から落ちてきた神の羽衣のよう。

 田園に神の化身のアキアカネがもどってきたら、自然ゆたかな美しい国であることのあかしでしょう。

 アキアカネが地上を黄金色に染めてゆきます。この世界が安心してくらせる場所でありますように……と。

 (220816 第116回)

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